前回は、話ことばボイトレとイントネーション、特に意味のまとまりはひとつのイントネーションの山を中心して進めました。
ここで前回出した宿題の答え合わせを・・・(笑)
宿題
●室長は赤信号を無視して走ってきたバイクにひかれそうになった!
これはですね。区切り方を間違えてしまうと意味が全く反対になってしまうんです。
この文を前回出てきたゆすり音調で
室長はぁ 赤信号を 無視してぇ 走ってきたぁ バイクにぃ ひかれそうになった!
なんてやってしまうと、もうお手上げです。
①赤信号を無視したのは室長の場合
室長は赤信号を無視して 走ってきたバイクに ひかれそうになった!
②赤信号を無視したのはバイクなら
室長は 赤信号を無視して走ってきたバイクに ひかれそうになった!
どちらの場合も、ひかれそうになったのは室長なんですが、区切り方、つまりイントネーションの山の作り方によっては、悪い方が全く逆になってしまうんですね。
それをあなたの息の都合でですね、
なんてやっていたらいけません。
▼分かりにくかった方は、もう一度戻って復習をどうぞ。
以上、宿題でしたぁ。
さて、今回は
どんなに良い声で伝えたとしても、伝わらないものは伝わらん!
というお話をいたしましょう。
別に自虐的になっているのではありません。ホントにそうなんだから・・・
今回は、ことばの外にある意味を扱う、背景に隠された意味を発話の状況から探るという語用論(ごようろん)を扱います。
これは発声や発話とどう関係があるのでしょうか?誤用という言い方もありますが、同音異義語なのでしょうか?
ボイストレーニングと語用論♪
ことばが存在している目的は、コミュニケーションを円滑に行うためです。これは誰もが否定しないでしょう。
まず、語用論からです。
【語用論】
言語学の中で、意味にかかわる分野です。語や文の意味どおりの意味ではなく、具体的な場面の中でどのようにことばが使われているか。談話(文がいくつもあること)の中での意味の流れということもできます。
【誤用】
こちらは、間違って使われているといった意味です。ある言葉の伝統的な使われ方、慣用的な用法とは違う、間違った意味や用法でその言葉が使用されることをいいます。
別の分野では、この誤用のことを変種(バラエティ)ともいいます。例えば、若者ことば、または「ら抜き」ことばは、誤用なのか変種なのか?そんなことを考えてみるとよいでしょう。
語用論に戻りましょう。ちょっと分かりにくいですかね?
では、幾つか例を出してみましょうか。
という流れ、文脈で使われれば文字どおりの意味と同じに解釈されますが、
この場合は、洗濯物が溜まっていても今日は洗濯しない方が良い。洗濯したかったら部屋干し。といったオモテには表されていない意味が出てきます。
これを言外の意味といいます。
談話(ディスコース)
ひとつの文だけでなくいくつもの文の単位で、もっと大きな話しことばのやりとりのことを談話といいます。
談話では、やりとりの背景となる場面や状況、文どうしの関係が重要になります。このことを文脈(コンテクスト、コンテキスト context)と呼びます。
談話の中でこの文脈を抜きにしては、意味をきちんととらえることはできません。
例えば、
サッカーでも、野球でも、卓球でも他のスポーツでも、母国である日本が勝ち進むと嬉しいですよね。
ただですね、これが日本以外の別の国の人が
「日本に絶対に勝ってほしい!」だったら?
日本に(対して自分の国が)絶対に勝ってほしい
といった逆の意味になりますね。
談話は結束性と統合性のつながり
文のつながり方にはふたつあります。
- 結束性:命題によってつながれる
- 統合性:言外の意味によってつながれる
1_結束性のつながり
文字どおり、文と文がつながれている関係です。訊かれたことに対して明らかにダイレクトな受け答えをしています。明示的です。
2_統合性のつながり
言外の意味によってつながる関係です。相手の訊かれたことに対してダイレクトに応えてないように見えます。しかし、相手の気持ちに添って答えているやりとりです。
余談ですが、「でも」という助詞を抜くと、解釈によっては大変なことになります。
ツタ ワラナイさんの独り言ですw
Yさんのライブが観たいな。
Yさんのライブを観たいな。
Yさんのライブでも観たいな。
さあ、あなたが言われて嬉しいのはどれ?また、言われて一番ムカつくのはどれでしょう?(笑)
普段私たちがしている会話は、こんな統合性のつながりが多いのに気がつきませんか?
ここで、文脈にはふたつの文化が存在することを確認しましょう。
高文脈(高コンテクスト)文化と低文脈(低コンテクスト)文化
図をご覧ください。
ことばとなって現れる部分が日本語では少ない。だから高文脈(高コンテクスト)。
ことばとなって現れる部分がアメリカ、スカンジナビア、ドイツでは多い。なので低文脈(低コンテクスト)というわけです。
高コンテクストだから偉い、低コンテクストだから劣っているということではありませんので注意してくださいね。
しっかりと発声しても伝わらないのは、言わなくても分かるでしょう。察してよといった文化の高コンテクストにあるのは明らかでしょう。
日本人同士ですら、分かり合えない場面や場合が数多くあるのです。
外国人学習者が日本語を勉強するときに、実は日本文化に根ざした言外の意味を理解するのがとても難しいと感じるのは無理のないことですね。
▼そういえば高コンテクストのことや忖度の記事をこちらで書いていました。参考にしてください。
協調の原理
日常私たちがする会話では、スムーズなコミュニケーションのために意識的、無意識にかかわらず、相手の言うことを理解しようとしているはずです。
でも、
伝わらないことって多くありませんか?
さて、語用論を発展させたグライス(P.Grice 1913-1988)は、協調の原理で明らかにしようとしたことがあります。
【協調の原理】
簡単に言ってしまうと会話を成り立たせるための原則です。会話が成立するための条件ということもできます。
文字通りの意味と言外の意味との関係を明らかにしようとしました。
スムーズなコミュニケーションを行うには、次の4つの格率が重要だというのです。
格率=公理、行動原理、原則、指針のようなもの
話の内容 | ①量の格率 | 必要とされる情報を与え、必要以上には与えない。 |
②質の格率 | ウソや根拠のないことを言わない。 | |
③関係、関連性の格率 | 関係のないことは言わない。 | |
内容の述べ方 | ④様態、様式の格率 | 明瞭で、簡潔に順序立てた話し方をする。 |
まあ、当たり前のようなことで、私たちが日常行なっている会話や談話は、この原則に従ってスムーズなコミュニケーションをしましょう。と言っている・・・
そんなワケないんですっ!
グライスは、これら4つの格率を守りましょうと言っているのではありません。これらを守ってコミュニケーションしましょうと言われても、どれほどの人がコミュニケーショントラブルを解決出来るのでしょう?
ボイストレーナー同士だって意思の疎通が出来ていないことがたくさんあるじゃないですか!
もし、
と言われるのなら、質の格率を違反していることになるんですw
これらを守らないことで会話の含意が起きるんだ、とグライスは言いたいのです。この会話の含意のメカニズムの解明こそ、どのように言外の意味が聞き手に伝わるのかを知る指針(チャート)になるわけです。
【会話の含意】
言外に含まれる別の意味のこと。発話の表面には出ていない心の中の部分。会話の文脈で文が話された結果出てくる意味。
次の例(4つの格率に反するやりとり)ではAさんは、Bさんの発話の含意をどうとったのでしょうか?
協調の原理のそれぞれの格率に反するこれらのやりとりが、ほとんどの日常会話なんですよ~。
量の格率に反するやりとり
質はOK 量は違反(笑)のやりとり
このように格率がダブルで出てくる場合の方が多いと思います。
初対面での合コン。
質も違反しちゃう
年配の女性に対して
笑いながら
関係、関連性の格率に反するやりとり
様態、様式の格率に反するやりとり
占いの館にて
〇〇関係で別れられない間柄
と、ここで室長の登場です!
実はこの様態、様式の格率って、述べ方とあるので、昔からの話し方教室での話し方につながるところもあるんです。組み立てて話したり準備をすることです。
用語の整理
今回は、用語がたくさん出てきましたのでまとめておきましょう。
語用論 語用≠誤用 誤用と変種
談話 結束性(結束性は明示的)と統合性(言外の意味、相手の気持ちに添う)
文脈(高文脈文化=高コンテクスト)(低文脈文化=低コンテクスト)
協調の原理(量 質 関係、関連性 様態、様式)
会話の含意
声で伝えるということは、こういった発話、談話レベルで考えてみることで、新しい発見も生まれたりします。
【参考文献。資料】
●原沢伊都夫 著「日本語教師のための入門言語学-演習と解説」
スリーエーネットワーク
●泉 均 著「平成25年度 検定必勝講座合格診断セミナーテキスト
言語一般 統語・語用」言語デザイン研究所