2018年も2週目に入り、今年はますます健康でいられることの有難さを痛感させられます。
今回は、何かのきっかけと理由で五感の一部が麻痺、機能しない。
そのような状態でも、ボイストレーニングを続けていると役に立つんだ、という内容をお届けします。
それは、どのようなものなのでしょうか?
まず、読み進めていく前に、、、
このサイトの別のページで、効果と成果、そして結果の違いをとり上げていますので、そちらを参考にしてください。
▼効果、成果、結果
ボイストレーニングは失語症にも♪
あざみ野教室に通っている生徒さんの中に失語症の方がいらっしゃいます。
一人では通えないので、家族の方と一緒にレッスンをしています。
お二人共、まとめて一緒にレッスンを引き受けている状態です。
氏名表示権に関わることなので、生徒さんの名前は伏せておきます。
ですが、こちらが試行錯誤で行った結果、目に見えて改善、効果が出始めているのです。
そんなお二人の姿を見て感動して泣きそうになりました。
【失語症】
大脳の言語野の損傷によって起こる言語障害のこと。
原因は脳卒中(脳梗塞。脳内出血、クモ膜下出血)による発症がほとんどを占める。他の原因には脳腫瘍や脳外傷によるものがある。
これらが原因で言語の4技能理解と産出能力が困難になる症状。
【一部引用】遠藤尚志「失語症の理解とケア」雲母(KIRARA)書房より
ただし、ハッキリと言えることは、
✔言葉が不自由な場合、全ての方が失語症という訳ではないこと
✔仮に失語症だったとしても失っていない機能はたくさんあること
です。
【ご注意】この記事では、失語症の方や吃音の方のことを患者さんと呼ぶことはしません。
何故なら失語症の方がこの記事を読んだ時のことを考えたからです。
僕は言語聴覚士ではないので、この判断は正しいかどうかは分かりません。
でも、障害を持つと、普段通りの生活が出来なくなりますよね。
また、普段通りの生活が出来ないから「恥ずかしい」と考えて隠そうとすることもあるかもしれません。
これは、五体満足の人たちが使う羞恥心の意味合いやニュアンスとは全く違うものでしょう。これら貴重な気づきは、レッスンを通して知ることが出来ました。
そんな理由から、ここでは患者さんという言葉を使わない方針をとります。
言語聴覚士というお仕事
私たちが、ごくごく当たり前のように交わしている言葉。
その言葉によって理解も深まりますし、誤解も生まれやすくなります。
聴く、読むの理解能力、そして話す、書くの算出能力を司るための身体の機能に障害が起きると、言葉によるコミュニケーションに支障をきたします。
このような人たちを支える医療関係の専門職が、言語聴覚士(Speech-Language-Hearing Therapist:略称はST)という仕事です。
医療、福祉、保健、教育機関など働く場所は広いです。
言語聴覚士法という法律の中で、言語聴覚士のことを次のように述べています。
【引用】言語聴覚士法(平成9年12月19日法律第132号)
第一章 総則
(目的)
第一条 この法律は、言語聴覚士の資格を定めるとともに、その業務が適正に運用されるように規律し、もって医療の普及及び向上に寄与することを目的とする。
(定義)
第二条 この法律で「言語聴覚士」とは、厚生大臣の免許を受けて、言語聴覚士の名称を用いて、音声機能、言語機能又は聴覚に障害のある者についてその機能の維持向上を図るため、言語訓練その他の訓練、これに必要な検査及び助言、指導その他の援助を行うことを業とする者をいう。
つまり、言葉の障害やコミュニケーションに不安を抱いている人たちが安心して暮らせるように、支えたりする。そんな仕事です。
当然、聞こえ方、聴くことのインプット、発語発話のアウトプット、リハビリと助言を行ないます。
さらに、誤嚥性肺炎や摂食嚥下に関わる「食べる」「飲む」という動作に問題がある人にも関わります。
この聞こえ方、言葉、飲み込み(嚥下)の3つに対応するスペシャリストをいうのです。
▼言語聴覚士のこと
聞こえ方と言葉の支援はボイトレの範囲でもできる
上にある3つの領域、聞こえ方、言葉、飲み込み(嚥下)のうち、ボイストレーニングの範囲で出来ることは、聞こえ方と言葉です。
これらは、言語聴覚士の先生方と協力して行なえる、まだまだ未知数で可能性のある分野です。そう感じています。
話せなかったら手話でもいいのに
このように考えるあなたもいらっしゃるかもしれませんね。
それは、代わりを使うという意味で言っているのかもしれません。
元々は、耳の聞こえない方々のコミュニケーション手段として使われてきたので、音の言葉の代わりにジェスチャーで示している。
こんな誤解をしている人たちが、まだたくさんいます。
手話は、音声の言語と同じような機能を持っている見る言語なんです。
そうです。手話は言語なんです。
手話にもいろいろな言語との対応手話があるらしいんですが、ここでは省きます。
でも、見る言語と同様に、聴く話す行為で理解とアウトプットをしたい。
失語症の人はこのように考えるのではないでしょうか?
もし僕が言葉を失ったと仮定して、リハビリで戻りつつある可能性を言われたら、手話を選ばずに構音(音声学やアナウンスの分野での調音と同じ意味)のリハビリをします。
歌は好きですか?
これは言語聴覚士の先生がおっしゃっていたことです。
失語症の方と出会ったら必ずする質問があります。それは、
らしいのです。
それで失語症の人が
と応えたら、思う存分に歌わせてあげてくださいと。
今、通ってくださっている生徒さんも、はじめは
と感じていたことでしょう。
YouTubeを観て、少しでも一緒に歌えそうなところを探したり、メニューを工夫したり、ホワイトボードに大きな文字で歌詞を書いてみたり、試行錯誤は続きました。
そうしたら、ある回のレッスン(この生徒さんには2コマ連続で入って頂いています)で、しっかりと発声が出来ているではないですか!
音程(ピッチ)もほぼ正確にとれています。
でも、その回のレッスンは、歌いたくないようでした。
そこで、体調を確かめつつ、体調が良かったら次の回もお願いをしようと思っていました。
ピッチも前回どおりとれていたし、何よりもこの生徒さんの声に温かさというか、温度を感じられたからです。
すると、つっかえでもありましたが、歌えたんです。
ワンフレーズをユニゾンで一緒に歌ったところ、にっこりして歌ったのです。
だんだんと思い出せてきたようで、嬉しくなった一瞬でした。
言葉によるコミュニケーション
今回この記事を書くにあたって色々調べたところ、生徒さんの失語症は
ブローカ(運動性)失語
になるんではないかと推測しました。
- 話すことは流ちょうではない。
- リピートやシャドウイングもダメ。
- 聴覚の場合は良い場合もあるし、聞き返される場合もあります。
さらに、ここ何回かのレッスンで感じたことがあります。
この生徒さん、言語聴覚士の先生についてリハビリをやっていまして、回復力は凄く、ご本人の理解、考え方の筋道はハッキリしているようなんです。
でも、語彙や文を組み立てる統語は難しいようです。
この領域は確実に言語聴覚士の守備範囲です。
言葉は言えていなくても、身振り手振りの非言語で一生懸命コミュニケーションをとろうとしています。
むしろ、
五体満足な人々ほど、分かり合えるコミュニケーションが出来ていない。
していないのではないか?
そんなことを感じています。
折角、声が、言葉があるのにね・・・。
コンテクストの高い日本人の言語行動なのでしょうか。
▼ 当サイトのコンテクストで検索した記事はこちら。
それは「障害」なのか?「トラブル」なのか?
詳しいことは、言語聴覚士の方に訊いてみないとわかりません。
失語症の方には、ある特徴が見てとれるんですが、これを障害と捉えるのかトラブルと捉えるのかは未だに判断できません。
確かに音の言葉には不自由さを感じています。懸命です。
でもこれを障害と捉えてしまっていいんだろうか?
失語症の方々の状況判断能力は優れていると言われています。
環境によってキチンと振る舞い方を替えられるんです。
障害もトラブルも解決の方向にベクトルが伸びればいいなと思います。
失語症でもできる、伸びることとは?
- 歌を歌うこと
- 話そうとする気持ちはある
- しっかりとした思考ができること
- 状況判断能力が優れていること
- 記憶、特に記憶喪失のようにエピソード記憶が失われているのではないということ
- 仲間への思いやりが深いこと
失語症でできないこと、難しいこととは?
- 言われたことを即理解できること
- リピート、シャドウイング(失語のタイプにもよる)
- 音読や朗読
- 思った通りの言葉で表現すること
- 表音文字は読めない。漢字を手掛かりにするのなら何とかなる。
- 五十音図から仮名を選ぶこと
- ジェスチャーを自ら使うこと
失語症の中でもいろんなタイプがあるようです。
例えば、全く話すことのできない全失語の人はうなずきが全くあてにならないらしいんです。
モノの道理が分かることと言葉の意味が分かることは全く別のようです。
まあ、僕等も、うなずきはうなずくだけで実際聞いちゃあいない、理解しちゃいない、という人もいますがw
五十音図が全く役立たない!と知った時はビックリでしたよ(これをきっかけに知ることが出来て良かったです)。
表音文字と言われている平仮名、カタカナはダメなんですね。
簡単だから読める、判断できると思うじゃないですか。違いました。
でも、それぞれの音の記憶はしっかりしていますよ。だから歌えるのかもしれません。
これも例ですが、
歌いたい曲名が出てこない。
ならば歌手の名前をと訊いてみましたが、サッパリ思い出せません。
その時ちょうど、拗音の硬さ、力の入り過ぎをとりたく、ヤユヨをやっていました。
とゆっくりとした口調で説明したところ、急に
言葉の記憶も脳の中であるので歌が歌えるのではないか。
上の例のように言えないときに語頭の音をヒントとして言うと、しっかりと「吉幾三(一例ですが)」と言えるんです。
これこそ、まさしく、プライミング効果という長期記憶の中の手続き記憶のひとつですよ。
それが理解できた時には、発見というか・・・(゜o゜)
生徒さんと醸し出すいろんなレッスンが、毎回の勉強になっています。
いや、こちらのことよりも、生徒さんです。
少しずつ歩んでいます。後戻りはしていません。ゆっくり歩んでいきましょう。